吉川恭介は美鈴のマネージャーの自宅である、マンションの前に立って、インターフォンを押していた。すると中から四十歳代半ばの女性が出てきた。白いシャツに紺のパンツ姿のスラッとした人で、彼女はショートカットの黒髪で切れ長な目に、スッと高い鼻、口角があがった薄めの唇が知的な女性だった。

「吉川さん、どうぞお入りください。」

 吉川恭介は部屋のなかに入って行き、リビングルームのソファーに座るように促された。そしてマネージャーはコーヒーとお菓子を持ってきた。そして、彼の向いに座った。

「すみません。いろいろ大変な時期だと思います。こんな時に本当に申し訳ありません。でも松田響輝さんは僕の学校の後輩で、親しくしている友達なのです。だから彼が人を殺すなんて、どうしても考えられないのです。」

「いいえかまいませんよ。私も松田響輝さんが美鈴さんを殺すような人ではない。また殺す動機もない。だから私の知っていることは、何でもお話します。遠慮なく聞いてください。」

「あの、なにからお聞きしたらいいのでしょうね……。あの美鈴さんはその日、静岡で仕事していたのですよね。どうして、松田さんの控室で殺されていたのでしょうか。それにあの日、美鈴さんはノーメイクで殺されていたって聞いたのですが、何かわかることがあれば……。教えてください。」

マネージャーはしばらく考えていた。

「私もそれが気に掛かって、静岡の撮影スタッフに電話で問い合わせたのですが、その日の朝、美鈴さんは急に体調不良を訴えたので、心配して医者を呼ぼうかと言うと、過労と寝不足だから、今日一日休んでホテルで寝ていると良くなると思うから、誰も起しに来ないでくださいね。食事もお粥のレトルトがあるので、ルームサービスもいらないと言っていたそうです。」

「つまり美鈴さんは朝スタッフの前に姿を現した後は、ずっとホテルの部屋で居たと思っていたが、確認は誰もしていないのですね。こっそりホテルを抜け出して、東京に来ていてもわからないってことですね。それじゃあ美鈴さんは自分の意志でそうしたってことですね。」

「そうですね……。でも私はあの俳優がそうするようにしていたのではないかと思っているのですよ。あの俳優にはアリバイがあるらしいですが、あの人以外に美鈴さんを殺す人はいないと思っています。それに……。」

「それに何ですか。」

「……。」

 マネージャーはしばらく黙ったままだった。吉川恭介はきっとこの事件に関する重要なことを、きっと何か知っていると感じた。だからどうしても、その話を聞くまでは帰らない覚悟で来ていたので、マネージャーの目をじっと見つめていた。

投稿者

ほたる

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