「お義兄さん何もこんなマンションに急いで引っ越さなくても、良かったんじゃないんですか。それにもっと早く言っていただければ、引っ越しの手伝いもしましたのに、たまたま私がお義兄さんの家の前を通りかかったら、売家ってなっていて、本当に驚きましたのよ。それに……」
「申し訳ない。双葉さん急に社長が言い出してね。僕が意見をいう間もなく、事務所のスッタフたちが荷物をまとめて、あっという間にここに引っ越してしまったんだよ。それに僕はもう少し和葉の思い出が残るあの家で、静かに過ごしたかったのだが、復帰の予定も社長がもう決めてしまってね」
「山村社長は和葉姉さんのことを、昔から心良く思っていなかったから、お義兄さんに早く忘れてもらって、仕事復帰させて稼がせようとしているのよ。いつもお金のことになるとうるさく和葉姉さんにも言っていたって聞いていたわ。本当に鬼のようだとも聞いたわ」
立石双葉はイライラした口調で夕月光希にそう言ってから、急に表情を和らげて、少し甘えるような口調で、ゆっくり話し始めた。
「あのお義兄さん実は……、お願いがあって、和葉姉さんと住んでた家を売りに出したみたいだけど、売れればかなりのお金になるわよね。そのお金が入ってきたら、少し私たちに融資してもらえないでしょうか。姉さんが亡くなって、マネージャーだった主人も仕事がなくなり、失業してしまったのよ」
夕月光希は顔を上げて、双葉の方を見た。彼女は少しためらったように目を伏せたが、すぐに夕月光希の目を見て話しを続けた。
「それに、お義兄さんも知ってると思うけど、私のメンタルクリニックの経営も芳しくなくって、それで主人と話し合って、いっそのことクリニックを閉めて、二人で店でもしないかって話をしているのよ。幸い和葉姉さんのファンは今も健在だし、ブティックを経営して、姉さんの思い出の品も展示したら、何とかやっていけるんじゃないかって、話をしているんだけど、その資金がね……」
「そうですか。あの家を売りに出す手配は全て山村社長がしているので、いくらになるかはわかりません。それに売れるのでしょうか。和葉さんが殺されていた家ですし、売れたとしてもだいぶ足元は見られると思いますよ」
「まだ買い手はついていないのですね。だったら私たちに売っていただけませんか。とはいっても今はまとまったお金はないですが、少しずつ支払います。さっきも言ったように和葉姉さんのファンの方達なら、姉さんが実際に生活をしていた家が店になったなら、流行ると思うのです」