母子は警察手帳をじっと見ていた。二人の刑事は母親に警察手帳を渡した。
「しっかり納得いくまで確認してください。本物ですよ。納得できたら、今度は私たちにわかるように事情を説明して下さい。もう一度言いますが、これは殺人事件の捜査なんです」
母親は警察手帳を確認すると、刑事に返して息子の方を向いて頷いた。その後刑事たちは殺人事件の話を説明し、ここに来た経緯も伝えた。
「私たちは殺人事件のことなんか何も知らないのです。ただ1年前にこの子が所属する劇団の公演にこの子も出演することができたのです。そしてその時の公演をOプロダクションの関係者が見に来ていたのです。この劇団から俳優になる人も多く、多くの芸能関係者が公演時は見に来ることがあるのです」
そこまで話すと母親はちらっと息子の方を見た。
「母親のわたくしは言うのは何ですが、劇団の中でもこの子の演技力はずば抜けて素晴らしいと、多くの関係者から評価いただいております」
「お母さん息子さんの演技力の話はひとまず置いておいて、公演を見に来ていたOプロダクションとその後どうなったのですか」
刑事は無感情にそう言った。
「公演の最終日が終わって劇場を出た時に、一人の男性に声を掛けられました。自分は夕月和葉のマネージャーで、今日夕月とあなたの舞台を見て、一度一緒の芝居をしてみたいと話しているのだが、うちの事務所に入る気はないかな。もちろん本格的に芝居の勉強をしてもらわないといけないが、費用は事務所が出しますよ。そう言われました」
「僕は役者になりたかった。だから母と父に事務所の入りたいと頼んで、入れるように手続きしてもらったんだ。僕は歌も踊りも芝居も頑張った。だから1年で映画のオーディションを受ける権利をもらったんだ。夕月さんの出る映画だよ。でもそのすぐ後に夕月さんが亡くなって、一旦はその話は流れたんだ」
少年は沈痛な面持ちで、しばらく沈黙した。