10年前の秋の夕暮れ、保育園の送迎バスが幼児を自宅に送っていくため、保育園の前で乗り込ませているとき、一人の女性がそのバスに近づいて来て、保育士に声をかけてきた。その女性は肩まで伸びた髪を一つにまとめ、黒縁の眼鏡をかけて、白いブラウスに、紺のタイトスカートの上に白いエプロン姿で、咳をしながら大きめの白いマスクをしていた。
「遅くなってすみません。今日から山村家にお手伝いとして雇われた山下といいます。少し風邪気味のためマスク姿で失礼します。あの山村あみちゃんはどちらですか」
「あの昨日までのお手伝いさんはどうされたのですか。山村様からは自分かいつものお手伝いさん以外には迎えに行かないので、あみちゃんは他の人が来ても預けないでと聞いていますが……」
「実はいつものお手伝いの方が、先ほど買い物の途中で事故に遭われて、急遽今日からしばらく同じ家政婦事務所に所属する私に変わることになったのです。奥様は今日も仕事で手が離せないようですし、事故に遭われたお手伝いの方のこともあり、こちらへの連絡を忘れられているのかもしれませんね」
「……。そうですか。では今からバスに乗ろうとしているのがあみちゃんです」
「ありがとうございます。あみちゃん今日は私がいつものお手伝いさんの代理ですよ。一緒に家に帰りましょうね。では保母さんに挨拶してね」
山村あみはしばらく山下と名乗った女性をじっと見ていたが、一度首を捻りながらも、その女性の手を取って、一緒に帰っていた。その後3歳の山村あみの生きている姿を見た者は一人もいなかった。