杏介は自宅に帰って、父親の部屋に行きました。そしてこの事件の顛末を報告しました。報告すると父親は頷いて、特に関心もないような様子だったので、杏介はなぜそんなに父親がそっけないのか分からずにいました。杏介は父親にたずねることにしました。
「お父様僕の報告した内容を事前に知っていたのではないですか。」
「ええ、先ほど私達の方にも警察から連絡が入りました。予想外な展開だったな。」
杏介は父親にそう言われて納得したようですが、少し迷いながら問いかけました。
「あのお父様以前のお約束のことですが・・・。お見合いのことです。やはり守らないといけないですよね。もう少し伸ばしていただくことはできませんか。それに結婚したらお父様の事業も継がないといけないのですね。だったらもう少し自由にしていたらダメですか。」
「約束は約束ですから、守っていただきます。杏介諦めなさい。私ももう年だし仕事のことだけではなく、孫の顔も見たいですから、それにお見合い結婚もそう悪くはないよ。父さんも母さんも見合い結婚だったんだよ。恋はただの一時の情熱だが愛情は、お互いの人生をかけてゆっくり育てていくものだよ。」
今回の事件を通して杏介は、父親の言うことは確かに正しいと思っていました。自分自身も石川先生への愛情の移り変わりを見てもそう感じます。しかしなぜか見知らね女性とお見合いをして結婚することには、まだ抵抗があったのです。
「お父様の言うことは正しいと思います。しかし・・・。あの・・・。いいえ約束は約束ですから従います。しかし、お見合いは来年度まで待っていただけませんか。今年度はまだ大学の講義もありますし、生徒のためにも講義に集中したいのです。川崎教授と石川先生も今はいませんから・・・。」
「わかった。しかし君は今年度いっぱいで大学の方も辞めて、私の後継者として事業に専念してもらいたい。それに来年度になったら、大学の存続さえどうなっているかわからないだろうしな。今まで頑張っていた学長や川崎教授ももういないのだから・・・。しかしかわいそうなのは生徒達です。」
父親は大人の事情で振り回される生徒を本当に気の毒そうにそう言ったが、杏介は前学長が生徒により専門的な研究をしてもらえるように、細かく学科を分けて、そのために人件費や設備に費用がかさんでも、学生のための伝統だったから、それを守るために川崎教授と石川先生がお金の工面をしてきたことを思うと何か納得できずにいました。
「お父様大学は経済学部長が学長になってやっていきます。考えたら川崎教授と石川先生が大学経営のためにあれほど必死になっていたのに、最後は大学から追い出されて、あとは経済学部長が学長になって、多くの人がリストラされて、学部を統合して合理的な経営を行っていくのでしょうね。なんだか川崎教授が気の毒にも思えます。」
「それがそうでもないのだ。だから刑事は言っただろう学長が川崎教授と石川先生を辞めさせたのは、大学から解放するためだったと。最後の愛情だったとね。」