杏介は父親の言っている意味がまだ分からず、考え込んでいると、父親は噛み砕くように話を続けました。
「杏介まだわからないのか。よく考えてごらん。もし最初の予定通り学長が川崎教授と結婚して、その後すぐ学長が亡くなって、川崎教授が学長を継いで大学の学長になったとしたら、どうなるだろう。経営を立て直すために強硬なリストラをしないといけないし、ますますお金の苦労をすることになるだろう。」
「そうだけど・・・。」
「まあ聞きなさい。本当はそんな大学の学長になりたいと思う人はいないだろう。しかし君の大学の経済学部長は地位と名誉欲に目がくらみ、自ら川崎教授のスキャンダルを持って学長のもとに自分を売り込みに行ったのだ。飛んで火にいる夏の虫ってとこかな。」
「でもお父様、いくら何でも経営学部の学部長ですよ。それに珠代先生の話だとかなり損得勘定にたけた人みたいですよ。そんな人がそんな火中の栗を拾うような真似しますか。やっぱり大学をお金儲けのための学校に変えていくのじゃないですか。」
「だぶん若くして教授に昇進して、もうすぐ学長になろうとしていた川崎教授を日頃から嫉んでいたのだろう。そのため冷静な判断ができなかったのだ。それに学長はそれを知っていって、わざと川崎教授の素行を何も知らなかったという振りをして誘い込んだのだろう。」
杏介は父親の顔を見ながら黙って考えていました。これから大学は大変なことになりそうです。父親の言う通り生徒が一番の被害者です。自分が講義をしている生徒もこの後どうなっていくのだろうと考えていました。父親は杏介の気持ちを察したようです。
「生徒は本当に気の毒です。それに君は今年度中大学にいるというが、今年度中大学が存在するかどうかも、難しいところでしょう。珠代先生もお気の毒に・・・。」
「そんな、いくら何でも・・・。そんなことはないだろう。」
杏介がそう言たので、父親は少し戸惑っていたが、話し始めました。
「実は杏介、あの前学長は自分の命が短いとわかった時に、川崎教授と婚姻していたんだ。だから自分が亡くなった後の多額の生命保険金の受取人は川崎教授です。しかも大学の資産で現金に替えられるものはすべて現金にして彼に相続させられるようにしています。つまり土地も建物も今は抵当に入っているので、まもなく人手に渡るだろう。」
「ええ~。じゃあこれから大学はどうなるのですか。刑事さんもそんなことは言ってなかったけれども、なぜお父様はそんなこと知っているのですか。」
「あの大学の資産を抵当に現金に替えたのは、私の事業の一部の会社でしたから、それを聞いたのは一週間程前ですが、やはり大学を閉鎖するのかと思っていました。経営はかなり厳しいという噂でしたし、それにいろいろなことがあったので、もう閉めるんだなと思っていたのだが・・・。経済学部長が学長を継いだら驚くだろうな。」
杏介は父親の話を聞いて、全てを納得しました。そしてきっと今頃川崎教授と石川先生、それと石川先生の母親はどこかで一緒に幸せに暮らすのだろうと思いました。