自宅に着いた杏介は自分の部屋に入って、退職届を書きました。しかしいつ退職すべきかは、今も決めかねていました。その時スマートフォンが鳴り父親の義隆でした。そして食堂に来るように言われました。食堂には行くと、母親の鈴代も入ってきました。そのあとメイドの松波がお茶を持ってやってきました。テーブルにお茶を置くと松波は出ていきました。

3人が席に着いてから、父親の義隆は杏介に向かって話し始めました。

「杏介、今日は朝から大学が大変だったようですね。あなたもどこかへ出かけてきたみたいですが、まあそれはいいとしても、この状態で今年度末まで仕事するなんて無理じゃないのかな。辛い思いをするのはあなたなんですよ。よく考えましょう。」

「はいわかっております。でも・・・。」

杏介は戸惑った様子で考え込んでいました。父親の言うことは正しいと思います。しかし踏ん切りがつかないのです。すると今度は母親の鈴代が話し始めました。

「杏介さん朝も話したように、今の大学は生徒も落ち着いて、勉強できる場所ではないし、講師のあなたも教鞭をとれる場所ではないでしょう。後のことは学長代理や教授達が考えることよ。それにあなたがあの大学に残ったところで、何もできないでしょう。進藤先生も自分の新たな道に向かっていったのでしょう。」

母親の言葉に杏介はただ俯いて聞いているだけでした。

「お母さんの言う通りだよ。杏介。あなたも新たな道に向かっていく時なんだよ。踏ん切りをつけてなくてはいけないよ。今週中に退職届を提出しなさい。私の方で来週あなたが、お見合いできるように手配しておきます。いいですね。それに私の事業の後を継ぐための準備は、明日からしてまらいます。」

「お父様、明日からですか。」

「あなたのためですよ。今は何も考えずに忙しくしている方がいいのです。それに決まったことを淡々と、こなしていってください。あなたのお見合いの相手は、とても素敵な方ですよ。きっとあなたも気に入っていただけると思います。」

「そうですか。お父様の言うことに従います」。

杏介は諦めきった顔をしてそう言ったので、父親も母親も顔を見合わせました。そのあと静かに母親は話し始めました。

「杏介さんそんなに気を落とさなくてもいいのよ。とても聡明でやさしく、きっとお父様の事業の後を継ぐとき、あなたの力にもなってくださる、素晴らしい方ですよ。」

「そうですか・・・。」

そう言うと杏介は静かに席を立って、自分の部屋に戻ろうとしました。その後ろ姿に父親が念を押すように声を掛けました。

「杏介明日は8時に会社の方に出社しなさいね。」

杏介は軽く頷いて自分の部屋に帰っていきました。

投稿者

ほたる

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です