お見合い当日、早朝から母親は杏介の部屋に来ました。彼女は早朝にもかかわらず、きっちりと和服を着て、化粧もバッチリしていました。父親は仕事でいけないので、自分が付き添いとはりきっているようです。部屋に来てからは、寝起きの杏介の準備にあれこれ注文を付けていました。
「お母様、昨日も言ったけど、子供じゃないのだから、そんなに一から十まで指図しなくてもわかっていますよ。まるで自分がお見合いするみたいなんだから・・・。」
「そんなことを言ってもあなたがいつまでものんびりしているからですよ。初めてのお見合いなんですから、きっちりとしておかないと、あなただけではなく、お父様も恥をかくんですよ。忘れ物はないですね。相手の方に失礼がないように落ち着いて、お話するんですよ。」
「僕は至って落ち着いていますよ。でもなんで僕まで和服なんですか。」
「相手のお嬢様がお茶にお華、お香に琴を嗜まれていて、今日は日本庭園を見ながら和室で茶会でもとおしゃられてね。あなたも私達と一緒に習ったのだから、少しはお茶の心得はあるでしょう。それにはやはり着物が一番でしょう。」
「茶会ですか。いやではないですが、相手はずいぶん箱入りのお嬢様なんですね。まあいいですけど。この前お父様が、僕の仕事のサポートもしてくれるような方だと聞いていたので、かなりのやり手のキャリアウーマンかと思っていました。」
「ええもちろん仕事のできる素晴らしい方ですよ。経営に関してはとても優秀な方です。若くしてMBAの資格も取得された方で、企業の経営は大学時代アメリカに留学して、学んでこられた方なんです。あなたをきっと助けてくれます。」
「経営のプロでやり手でお茶にお華それにお香にお琴を嗜むって、よくそんなスーパーウーマンがよく居たものだね。そんな人が本当にこの世にいるのかね。疑わしいものだよ。」
「まあこの子はなんてことを言うの。あなたが気づかないだけです。そんな素晴らしい女性は、案外近くにいるものですよ。相手の容姿ばかりに気をとられていると、本当に価値ある物や人、また人生そのものが見えなくなるのです。本当に自分にふさわしい人が、誰なのかわからなくなるものですよ。」
そんなことを言いながら準備が整い、お見合いの会場に向かいました。会場は一流料亭を貸し切りで用意されていました。庭の池には何匹もの鯉が泳ぎ、庭木はどれも手入れが行き届き、和の風情が堪能できる落ち着いた庭の見える和室で、お見合いは行われることになりました。
和室に入るとそこに居たのは、華やかな着物に身を包んだ珠代でした。このお見合いがうまくいって、杏介と珠代が結婚して、事業を継ぐことになるでしょう。
終わり