その人ごみの中心にいたのは、細身な体に色白で整った顔立ち、表情は眉尻も目尻も下げて、口角を上げて、明るく神秘的な微笑みが印象的でした。

「あの時の妖精。」

思わず由美子は小さくつぶやいた。

「由美子も知っているじゃないの。そうよ彼は【微笑みの妖精】と呼ばれているのよ。」

(微笑み、あの悲しそうな目が、彼は微笑んでなんかいない。)由美子はなぜかそう思った。現にその表情は仮面をかぶったように、動かないものだった。その時そのアイドルの目が、由美子を捉えて、一瞬頬がこわばり、硬直しているように見えた。次の瞬間彼は元の笑顔に戻って由美子の前を通ていった。

母は彼が通り過ぎるのを、うっとりとした顔をして見ていた。受付を済ませた人たちは講堂の方へと向かっていた。その中に由美子と母もいた。母は今度はまわりの男子生徒や、付き添いの保護者の観察をはじめた。そして小声で由美子に話しかけていた。

「由美子、誰もかれも本当に、お金持ちのお坊ちゃまって感じの人ばかりね。やっぱりこの学校にしてよかったわね。あなたも早くいい男性を探すのよ。」

「お母様、私はこの学校に勉強をしに来たのですよ。結婚相手を探しに来たのではありませんよ。」

「何を言っているの。あなたは勉強は充分できる子なのよ。だからこの学校は、学費の免除もしてくれ、そのうえ返還なしの奨学金まで出してくれるのよ。どの生徒にもひけはとらないわ。だから、良い男性を探すことに専念しなさい。」

「お母様こそ何を言っているのですか。この学校にそこまで期待されているのだから、成績を落としわけにはいかないのよ。とにかく変なことを言わないで。」

「何が変なことなの。私はあなたに女性として、幸せに生きていくためのことを話しているのよ。」

「お母様、今の時代は女性も社会の一員として働き、自立した生き方をするものですよ。私は一人でも生きていける、そう言う女性になりたいのです。」

「たぶんあなたなら一人でも生きていける、自立した女性になれるでしょうね。でもそれで幸せですか。ずっと一人で働いて生きることが、幸せですか。」

「幸せだと思います。それよりお母様入学式が始まります。」

投稿者

ほたる

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