由美子は教室に入って、自分たちの席が黒板に張り出されているので、それに従って席に着いた。由美子の席は前から3番目のほぼ中央になっていた。隣は先ほど声をかけてきた川崎麗奈だった。一番後ろの席にはアイドルの響輝が座っていた。1年生は1クラスに25名で5クラスあった。
響輝のまわりには5~6人の男女が囲んで、いろいろと質問をしていた。響輝は笑顔を絶やさず、みんなの質問に丁寧に答えていた。(さすがは人気アイドルである。多くの人の心を魅了する上品で穏やかな話し方、スマートなしぐさ、美しいだけではやはりアイドルにはなれないのか)と由美子は感心して眺めていた。
「由美子さん響輝君のこと好きなの。」
「ええ、麗奈さん何言っているのですか。私は別に、人が集まっているから見ていただけですよ。」
「そんなにむきにならないでよ。響輝君と私は同じ中学だったの。1年生の時はね。」
「じゃあ転校したのですね。」
「いいえ、2年生になる少し前に、いろいろあって、学校に来れなくなったのよ。」
「不登校になったのですね。」
「そういうのとも少し違うのよ。学校の友人や教員に問題があったわけではなくてね。不登校というよりも、由美子さんは芸能界のことは詳しくないの。」
「ええ、私はテレビはほとんど見ないから、彼がアイドルだってことも母から聞いたのよ。」
「そうなんだ。今ここでは彼の事情は話せないけど、ほとんどみんなが知っているわ。芸能人ってすぐワイドショーとかで騒がれるからね。今度教えてあげるわ。でも今ではすっかり立ち直ったみたい。少なくとも私たちの前ではね。」
「それじゃ、麗奈さんこそ彼のことが好きなのじゃない。ずいぶん心配してきたのでしょう。」
「私は響輝君の親友と付き合っているのよ。隣のクラスにいるわ。みんなには内緒だけどね。だから私の彼氏がとても心配していたのよ。何度も家を訪ねていたわ。響輝君は華やかに見えるけど、でもたぶん芸能人には向いてないと思うの。真面目で一途で繊細だから、傷つきやすくてね。」
由美子は麗奈の話を聞き、合格発表の日のことが目の前に蘇ってきた。(確かに繊細で傷つきやすそうな人だった。)そう思いながら、何気なく響輝の方を見ると、彼は私たちに向かって、目を細めて微笑みかけていた。それは自分になのか、麗奈になのかわからなかったが、思わず笑い返してしまった。